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青梅鉄道公園

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    5/19

    本日は青梅の鉄道公園へ。


    ずいぶん昔からあるが、今年で50周年とのことである。
    自分も幼少のころに父に連れて行ってもらった覚えもある。
    だから、いつか子供を連れて行こうと思っていた。
    行ってみると昔は野ざらしだった車両に屋根がついていた。
    この程度の屋根でもあると全く違う。良いことである。


    さて、懐かしい形の電車である。
    これはクモハ40形。
    子供の頃よく本町の駅に電車を見に行ったが、これとは違うもののこんな電車が南武線にも走っていたのを覚えている。


    これも懐かしい。南武線でED16は石灰を運んでいた。
    昔々来たときはこの車両はここにはなかった。無論、まだ現役であったからである。
    ED16の現役末期には立川機関区に集中運用されていた。
    このため南武線や青梅線沿線ではよく目にした。


    これはキュウロクこと9600型蒸気機関車。
    個人的に一番好きな機関車である。
    大正時代から昭和50年頃の蒸気機関車末期まで現役に残っていた古強者である。
    デゴイチことD51型ほどの生産数はないが使い勝手の良い型だったらしい。
    国鉄で蒸気機関車の本線運用が終わったあと、本当に最後の最後、入れ替え用や予備機として最後まで釜に火を入れていたのもこの型である。


    こちらはそのキュウロクの運転台内部。計器に時代を感じる。


    こちらはハチロクこと8620型。その1号機。
    9600型と同じく大正時代の汎用機関車。
    古い型ではあるが客車も貨車も引ける、汎用性の高い型である。
    9600型同様に蒸気機関車末期まで現役に残った。
    そして8620型は今でも動態保存機が梅小路機関区とJR九州で見ることができる。


    こちらはその運転台内部。
    ボイラーと並ぶ計器の重厚感がたまらない。


    そして満足して帰路へ。
    電車にいっぱい乗ることが出来て機関車もたくさん見て、楽しい一日だったね。

    大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家



    Zの鍵

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      車両は事故で廃車となったが、S130Zの鍵は手元に残してある。
      インポートカーオブザイヤーの受賞記念限定車の鍵である。


      残っているものは殆ど無いと思う。
      ただ、値段がつくようなものでもない。

      大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家




      休養

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        5/13

        今週はなにも無し。
        身体と肝臓を休めることに務める。

        今日は本来神田祭だが今年は陰で、昨年中止になった代わりに今年やると言うことはないらしい。
        考えてみれば毎年お祭りをしているところばかりではなく、一年空いただけで不満を言うのも2年に1度とか3年に1度という所に比べれば贅沢なことではある。
        しかし、年に1度でも府中の人間は物足りないようで365日お祭りの話をしているのだから、ナントカにつける薬はない。


        そういえば、我が家の母親は八王子の方の出だが、母が府中に嫁ぐとなったとき母方の祖父は母にこう言ったらしい。
        「一ノ宮(多摩)でも一年中府中のお祭りの話をしているくらいだから、府中じゃ輪をかけて大変だろう。」
        母方の祖父は明治の生まれだが新しもの好きで、家は農家なのに戦争前から自動車免許を持っていて、運送屋などもやっていたらしい。その関係で一ノ宮の方にも行ったりしていたようだ。

        まぁ、輪をかけて大変なのは間違っておらず、それも実の孫が「輪をかけて大変」の一員なのだからその慧眼たるや恐るべきものである。
        もとより薬で治るものでもなく、また治すつもりもないのであるから我が事ながらタチが悪い。


        大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家






        お祭りのトピック

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          本年度のお祭りのトピック。

          ・3日大雨 神輿飾り付けできず。
           →70歳すぎの先輩に聞いたところ、こんなことは記憶にないとの由。
            御本社の太鼓だけ朝出して、他は午後とか翌日に。

          ・4日も大雨 町内廻りズブ濡れ
           →この日も朝から雨、予報が直前に変わるという悲惨な日となった。
            お祭り期間中2日も雨にたたられることは記憶にない。
            御本社御太鼓では2名が太鼓から落ちた。
            しかし、夕刻から雨が上がった。
            大太鼓の饗宴と囃子のパレードは盛大に行うことが出来た。

          ・5日、御霊宮、旧甲州街道に出られず。
           →読売新聞が先走って記事を掲載したが実現かなわず。
            実際問題として出すのは甲州街道はいっぱいいっぱいになるので無理だと思う。
            この頃はお祭りに違うことをやろうとすると天変地異に結びついている感もある。

          ・6日 四方の矢ゲット
           →個人的なことであるが福分に恵まれた。

          大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家






          新編武蔵風土記稿を読む その17

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            前回の続き

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            其邊の二ノ宮社頭へ応永十九年大般若経勧進せし文に、多西郡小川郷 と書たるものあれば此等古く小川郷にて、秋川 多摩川の流れも因循し、又村内に藍染川など云小流、二ノ宮社頭の御手洗と号する沼地など有て、水早の便もあれば小川牧と称するは、彼土なること疑ふべくもあらず、又拾芥抄に八月廿日壹武蔵小野御馬、廿五日壹武蔵立野馬云々、然るに延喜式に小川ありて拾芥抄には 小野と載たり、按に小野は古へ懸号にて、殊に上古府疔を置れし地なれば、御牧の別当牧監より府疔へ牧馬を送りしを、国司郡司等細馬を撰びたてまつりしを、 拾芥抄にのする小野御馬とあるは、このことならん、されば小川牧或は小野牧とも混じていへるならん。
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            今回はここまで読む。

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            其邊の二ノ宮社頭へ応永十九年大般若経勧進せし文に、多西郡小川郷 と書たるものあれば此等古く小川郷にて、秋川 多摩川の流れも因循し、又村内に藍染川など云小流、二ノ宮社頭の御手洗と号する沼地など有て、水早の便もあれば小川牧と称するは、彼土なること疑ふべくもあらず、
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            意味
            そこの二ノ宮神社の社頭に応永十九年に大般若経を勧進した文に、多西郡小川郷と書いた物があるので、これが小川郷である。秋川や多摩川の流れもあり、また村内には藍染川という小川、二ノ宮神社の前には御手洗という沼地などがあって、水の便がよいので小川郷というのはそこであることに疑いはない。

            ここは前回の郷名の考察の続きである。
            小川郷に関する説明で、二ノ宮神社の話が出てきている。

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            原文
            又拾芥抄に八月廿日壹武蔵小野御馬、廿五日壹武蔵立野馬云々、然るに延喜式に小川ありて拾芥抄には 小野と載たり、按に小野は古へ懸号にて、殊に上古府疔を置れし地なれば、御牧の別当牧監より府疔へ牧馬を送りしを、国司郡司等細馬を撰びたてまつりしを、 拾芥抄にのする小野御馬とあるは、このことならん、されば小川牧或は小野牧とも混じていへるならん。
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            意味
            また、拾芥抄に八月二十日に武蔵小野御馬、二十五日に武蔵立野馬云々と書いてある。延喜式に小川と書いてあって拾芥抄には小野とかいてある。考察してみたところ、小野は古い名前で昔国府が置かれた土地であり、御牧の別当牧監より府疔へ牧馬を送っていた。国司や郡司等が優秀な馬を選んだものが、拾芥抄に書かれた小野御馬というものと思われる。だから、小川牧と小野牧の両方書かれているのだろう。

            この中で、拾芥抄(しゅうがいしょう)というのは鎌倉時代に成立したと考えられている、いわゆる百科事典である。延喜式も同様で、こちらは平安時代に成立したものである。
            原文中の細馬(さいば)とはいわゆる駿馬を指す言葉である。

            続く
             
            大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家






            四方の矢

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              四方の矢を入手。

              今年のお祭りについてのトピックでもあるが、四方の矢を手にしたことはなかなかの快挙といえよう。


              これ。
              5月6日の鎮座祭、最後の段階で本殿前のお白州の中から四方に放たれる矢である。
              囲いの中から外部にメクラ撃ちされるわけで、これを手にすることは難しい。

              毎年4本のみ。
              幸運に感謝する。

              大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家




              ハローキティ ストラップ

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                お祭り関係の小物
                ハローキティ ストラップ


                これは数年前に売り出されたご当地キティである。
                くらやみ祭りバージョンであり、烏帽子に太鼓バチを持っている。
                デザイナーには失礼だが、お祭りを知らない人にとっては、これを見ても何が何だか判らない・・・という迷品である。
                個人的にはなかなか気に入っているので大事にしまってある。

                大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家




                新しい綱

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                  新しい綱


                  左が新しい綱、右は古い綱。

                  新しい綱はまだ固く、締めづらそうである。
                  古い方はよれてはいるが柔らかくて締めやすい。
                  人間も綱も年数を重ねるうちに馴染むものである。

                  ・・・ただし、例外はどこにでもあることは付け加えておく。

                  さてさて、この度御本社御太鼓の太鼓と台車を固定するかけ綱と太鼓を引くための引き綱を太鼓講中さんから奉納していただけることになった。
                  個人的な買い物で貫井方面にいくのにあわせて、かけ綱のほうを一足早くお預かりしてきたのであるが、これは講中さんとの話で、かけ綱は4日の町内廻りから、引き綱は5日から使うという話になったためである。
                  かけ綱は新太鼓長宅から子供用品店等々で休憩をしていただきつつ(筆者は買い物をしつつ)我が家に到着された。

                  到着後、綱も太鼓と同様大切な預かりものであるため、丁重に実家の座敷に鎮座していただいた。

                  もっとも、ふだん余り使わず空いている部屋が、たまたま座敷だというだけなんですけどね。


                  大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家






                  番場町子供太鼓修復記念行事

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                    番場町子供太鼓修復記念行事

                    くじの宮の太鼓は、現在番場町の子供太鼓として町内が管理している。
                    今回はくじの宮神社世話人と町内有志の方の出資により修復がなされた。
                    前回の修復から約半世紀、太鼓の製造から約120年が経過している文化財である。




                    くじの宮神社というのは余り知られては居ないが古くからある神社で、府中に残る最古の検地帳という延宝六年の検地帳に「くしのみやわき」という小名が載っていることから、その歴史は少なくとも江戸時代初期に遡ることができる。
                    この太鼓は明治26年に11軒のくじの宮神社世話人により奉納されたもので、その11軒は総て番場宿の住人によって構成されている。
                    その人々の名前は以下の通り。

                    矢嶋治郎左エ門
                    矢嶋藤助
                    岩崎新吉
                    岡崎喜兵衛
                    岡崎伊三郎
                    岡本吉兵衛
                    荻野作之助
                    松村小兵衛
                    白木鶴吉
                    下村仙太郎
                    中嶋清吉

                    この中で、矢嶋治郎左エ門というのは番場宿の名主をしていた家だそうだが、今は絶えてしまっている。
                    他、多少の出入りがあり、また絶えた家があり、今回は7軒の世話人と他に町内の方々含めて総勢34人の奉加人が集まった。

                    町内会所の掃除と簡単な準備の後、10時30分に番場公園に集合。
                    太鼓と共にくじの宮神社に参拝し、大国魂神社にお祓いに向かう。
                    お祓いを受けてのち、本殿前で特別に許可をいただいて記念撮影をした。

                    番場公園に戻り、ビールで乾杯をする。
                    その後、番場一丁目のしめ縄張りを行う。

                    夜は番場屋にて披露目の宴会。
                    二次会で解散。



                    大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家






                    太鼓完成

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                      くじの宮の太鼓が完成。


                      修理前



                      修理後

                      120年物の文化財でもあります。
                      宮本卯之助商店により綺麗になりました。


                      大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家




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