資料について(メモ)

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    資料の整理をはじめました。
    コピーして堪っていたものは、とりあえずpdfに落としてます。
    A3スキャナが欲しいなぁ・・・あまり使わないけど・・・。

    A4ならADF月のプリンタなので楽々なんですけどね。


    さて、あまり書いていませんでしたがたまには。

    大国魂神社例大祭の来場者数なんですが、奉賛会誌「大国魂」によると・・・

    昭和44年には「近代まれ」と称して 20万人

    昭和51年には全国ベストテン入りと言うことで 37万人

    昭和60年 40万人

    今は70万人とかですね。神社の発表なのかな?これは。


    ちなみに初詣は50万人と。

    こういう広範囲の人出はどのようにカウントするんだか判りません。
    ですが、話1/3程度としても今は例大祭に府中市民の数より多い人数がやってくる。
    むろん延べ人数ですけど、大したものです。



    個人的メモ
    府中市史資料集14 府中市の寺社資料 確認のこと くじ








    應盛 英盛 総盛 まさもり ひでもり ふさもり
    大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家

    番場録事より

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      五月五日 門鑑配布方に付き 神戸片町と協議の結果左の如く決定す

      という文章が残っています。

      門鑑の配布は以下の通り

      神戸 二十五枚
      片町 十枚 五枚 御本社
            五枚 一之宮
      番場 二十五枚

      で、「屋敷分へは當番場より五枚を分配すること」との記載もあります。

      配布は番場会所で各町に渡す取り決めで、神社からは番場がまとめて受け取っていたようです。
      さらには以下のような記述が目を引きます・

      「番場二十枚の内、左記の通り分配すること
       御本社の係の年は北猿渡へ拾枚
       一之宮の係の年は一之宮へ拾枚」

      これは昭和12年の話です。
      門鑑は今の白烏帽子のようなもの、神幸門へ入るための門鑑。

      これのことです。


      一括して御本社一之宮の門鑑を神社から受け取り、各町に配布していたと言うこと。
      番場が元講というのはこういう点にあらわれています。

      門鑑の割り当てですが、昭和12年当時では一社あたり30枚。
      振り分けとして、片町は御本社一之宮併せて10枚と言うことで、当時はまだ町内でも従属的立場にあったことが判ります。
      御本社一之宮を番場と神戸で交互に仕守して、片町は手分けしていたという感じでしょうか。

      番場と神戸はそれぞれ25枚ずつで、番場は内5枚を屋敷分へ渡しています。
      さらに残り20枚の内、10枚は北猿渡講中または多摩の一ノ宮講中へ渡す。
      残り10枚が番場分として残ることになります。

      北猿渡や多摩一ノ宮の講中の規模が窺われますね。

      神戸が25枚をどのように振り分けたかは判りませんが、少なくとも10枚は番場と同様に北猿渡と一ノ宮にまわしていると考えられます。
      残りは15枚。

      当時の人口などを考えて、この程度の数であっても全くおかしな話ではありません。
      また、言い方を変えると、担ぎ手というのは人足のようなものですから、手伝いで良いわけです。

      こうした点は、今の浅草や神田ほどではありませんが、似たようなものであったわけです。


      大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家

      安永四年 六所宮領社中分高反別石盛仕出帳より

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        メモとして抜き書き。
        大國魂神社文書より。

        「安永四年 六所宮領社中分高反別石盛仕出帳」
        社家社僧 并 小役人名寄帳書替願候節、反別字斗記、高石盛ハ書記申間舗候、延宝六午年検地帳 二 高石盛無之候故也

        禰宜分
        佐野分
        鹿島田分
        中善寺分 当時無住(朱字)
        田村伝兵衛分
        惣行寺分
        妙王院分
        円福寺分
        花光院分
        明法寺分
        安楽院分
        泉蔵寺分

        (朱字)
        「御膳役御神楽役共 二 当時名分 三太夫 五兵衛」
        次左衞門分

        (朱字)
        「御膳役御神楽役共 二 当時名分 治兵衛」
        長兵衛分
        (朱字)
        「一太夫」

        (朱字)
        「右同断但式正役 当時名分 茂 七」
        権左衞門分
        (朱字)
        「四太夫」

        (朱字)
        「右同断 当時名分 藤右衛門」
        戸右衞門分
        (朱字)
        「五太夫」

        (朱字)
        「右同断 同 勘右衛門」
        角右衞門分
        (朱字)
        「二太夫」

        (朱字)
        「御膳炊役 同 九右衛門」
        藤左衞門分

        (朱字)
        「巫女一ナリ 佐野ウラ也 八乙女役免 同 次郎兵衛」
        三助分

        (朱字)
        「八乙女役免二ナリ 八幡宿 同 忠右衛門」
        重兵衛預

        (朱字)
        「八乙女役免三ナリ 八幡宿 同 金之丞」
        重兵衛分

        (朱字)
        「御弓矢持代役 京所村 同 伝兵衛」
        弥五兵衛分

        (朱字)
        「御駒役一ノ駒也 弥五兵衛分ち 八幡宿 同 甚兵衛」
        市郎兵衛分

        (朱字)
        「御先払御太鼓役
         御獅子     同 八幡宿 源 七」
        大円分

        (朱字)
        「御手水御幕 一ノ宮神主宿
         神主御先払 并 御輿役 番場宿分 欠間 弥 七」
        兵右衛門分

        (朱字)
        「社寺方へ御使役 諸事御触廻役 京所 当時名分 利右衛門」
        加治間分

        (朱字)
        「御駒役三疋分 御幕 此二役同村忠左衞門 御使 当時又蔵務ル 是政村 井田也」
        佐兵衛分

        (朱字)
        「御駒役 是政村 高橋文右衛門」
        文右衛門分 当時佐藤次郎八

        (朱字)
        「御駒役 御鏡スリ 八幡宿 平 七」
        市村分

        (朱字)
        「御駒役御祭礼之節御膳役 御輿守役四ノ宮也 本町下タ川原 田 中」
        太郎兵衛分

        (朱字)
        「御駒役 本町 下タ河原 御輿守役五ノ宮也 両役共ニ田村受取 駒役八まん宿源藏ニ渡ス」
        大熊分

        (朱字)
        「御駒役 本町下タ河原」
        箕輪分

        (朱字)
        駒免長左衛門分 「八幡宿当時名分」
        八幡宿 権左衛門

        (朱字)
        「御輿御駒腹帯シメ三ノ宮也 市郎左衞門跡退転分家元右衛門務ル」
        人見市郎左衛門

        (朱字)
        「御輿役二ノ宮也 天地 長五郎」
        清左衛門分

        (朱字)
        「御輿役六ノ宮也 新宿昼間」
        源兵衛分

        (朱字)
        「社家仮屋造り役 新宿 平五郎 京所甚八受取 又八まん宿文左衛門ニ渡ス」
        宮役大室分

        (朱字)
        「御仮屋造り 是政村 御使 横山也」
        五左衛門分

        (朱字)
        「御膳役人検地帳名分無之 神主持 是政村 孫兵衛居」


        当時名分というのは嘉永の頃の役割です。
        その後ろの誰それ分というのは延宝六年検地の時点での名前です。
        それぞれの役割は基本的に世襲ですが、後が続かなくなって譲られた例が多々あります。
        当主の病気や家の存続等の問題、あるいは金銭的に続かなくなったものもあると思われます。


        大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家

        無法松の一生 確認

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          郷土の森館長さんより、「無法松の一生」昭和33年リメイク版に府中の山車が出ているということでした。
          で、映画の方を確認させて頂きました。

          確認できたのは以下の山車です。

          番場(先代)
          八幡宿(先代)
          新宿(先代)
          片町

          本町の山車も行ったそうですが、確認できませんでした。
          その他、喜多見の氷川神社の太鼓も出ていました。

          参考:喜多見 氷川神社太鼓
          http://www.rokusya.net/2007_kitami.html

          参考
          番場
          http://www.rokusya.net/old_banba.html

          八幡町
          http://www.rokusya.net/old_hachiman.html

          新宿
          http://www.rokusya.net/old_shinsyuku.html

          片町
          http://www.rokusya.net/katamachi.html

          映画のキャプもとったのですが、著作権的に危ないのでこちらへは載せません。

          撮影は世田谷砧の撮影所だそうです。
          喜多見の太鼓が出たのは地元だったからでしょう。


          しかし、三船俊郎は格好良いですねぇ。

          大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家

          五之宮・六之宮付属講社

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            五之宮・六之宮付属講社 新宿扱分

            五之宮講中 御霊講中  
            上井草講中一三四名、石神井講中五四名、吉祥寺講中一〇名、関講中五名、上石神井講中十二名
            下石神井講中一一名、谷原講中三三名、上荻窪講中三三名、乞田講中一名

            六之宮講中
            布田講中一三名、関戸講中三〇名、下組講中一〇名、小田分講中三二名、是政講中、是政東部講中七名
            押立講中八名、中之島講中四四名、下谷保講中三二名、坂下講中二一名、千丑講中一一名、石神井講中一六名
            中平講中一一名、二番組講中四軒在家一一名、四軒在家一一名

            五・六之宮講中
            上染屋講中三四名、長尾講中一四名、野太鼓中新田講中九名、土淵講中一八名、栗谷講中八名、戸倉新田講中一三名
            国分寺講中三名、高石講中七十五名、榎戸新田講中五名、本多新田講中十二名、恋ヶ窪講中三十三名、内藤新田十二名
            登戸講中五十五名、宿河原講中五十六名、東生田講中五十四名、通是政講中二十三名、車返講中二十二名


            まず、五之宮の講中だが・・・。
            「大国魂神社の太鼓とそれをめぐる習俗」が引用元である。
            この御霊講中 の記載には疑義有り。たぶん間違いで、五之宮の神輿講中と思われる。
            分布としては杉並から練馬あたりに広がっている。
            乞田は多摩の乞田だろう。

            六之宮講中は現在の府中市内から調布、多摩、国立といったあたりが多い様子。
            なお「二番組講中四軒在家一一名、四軒在家一一名」もたぶん誤植。
            「二番組講中一一名、四軒在家一一名」だろう。
            その四軒在家をはじめ、谷保のあたりの地名が集中している。
            二番組講中はどこか?この辺で番号を振っていたのは砂川あたりか?

            五六之宮講中となっているのは太鼓講中だと思われる。
            野太鼓中新田講中というのは、野中新田講中で、太鼓の文字はどこからか紛れ込んだのだと思う。
            おそらく、表題とすべき「五六之宮太鼓講中」の太鼓の文字がここに来てしまったのだろう。
            恐らくは誤植。

            この野中は御本社の講中もあるが、野中新田も幾つかの組に分かれている。
            榎戸新田講中があることから考えて、野中新田六左衞門組であろう。
            (御本社講中は野中新田善左衛門組・与右衛門組・堀端野中)
            榎戸新田と野中新田六左衞門組は同じ地域である。
            面白いことに街道に沿って並んだ家々が、一軒ごとに交互に榎戸と野中で交互に並んでいたという。

            分布範囲は広く、現府中市内の多磨村地域、長尾は川崎の長尾、土淵、登戸、宿河原、東生田、栗谷も同様。
            あとは国分寺市内の地域といったところである。








            大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家

            明治11年

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              番場「御祭礼其外勘定帳」より抜き出し

              明治11年に以下の記録がある。

              小金井太鼓連中
              三ッ木村太鼓連中
              貫井村囃子

              「太鼓講中」ではなくて「太鼓連中」である。
              そして、今の御本社太鼓講中に入っている地名とは違う。
              さらに、貫井村囃子。
              この頃、既に貫井から囃子が来ていたことがわかる。

              なお、翌年からは太鼓連中という記載ではなくなり、以降は全て太鼓講中となる。
              翌年には国分寺太鼓講中というのが来ているが、これも御本社太鼓講中とは恐らく違う。

              さて、面白いですね。謎の太鼓連中(講中)。
              一応、仮説は既に立てていますがそれはまた。

              三ツ木というのは今の武蔵村山で、横田基地の中も一部三ツ木です。
              三ツ木は岸村にも近い。岸村というのは小川新田の親村。

              貫井はこの様子からすると、太鼓より恐らく囃子が先に付き合いが出来ていたのではないでしょうか。
              囃子で付き合いが出来て、御本社太鼓新調の際に話にのったんでしょう。

              こうした記録を見ながら考察すると面白いです。





              大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家

              四之宮御霊宮付属講社

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                四之宮御霊宮付属講社 本町扱分

                四之宮御霊 御霊講中
                別所講中九名、青柳講中二一名、小野宮講中一三名、中河原講中一一名、四ッ谷講中二一名
                立川講中二二名、大塚講中二二名、和泉講中二〇名


                別所と大塚は八王子の由木の方ですね。
                青柳は国立でしょうか?
                小野宮、中河原、四ッ谷あたりは今も変わらず。
                現在の府中市内です。

                立川は立川市、和泉は狛江です。
                狛江は今はほぼ全面的に二之宮の太鼓ですね。


                こうした講中の移動というか流行り廃りというか・・・。
                調べていると結構多いです。
                世話役の死去などで廃れてしまったり、また別の繋がりで新たな宮にくっついたり。
                そんなところでしょう。


                大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家

                新編武蔵風土記稿を読む その44

                0
                  前回の続き

                  ------
                  原文
                  十六善秩疏一幅 東照宮の御寄附なりと云
                  北條家古文書二通
                  寺中棟別之事指置之畢垤臟卦敬垈塚之候仍如件
                  弘治三年丁巳十一月二十七日
                  狩野大膳亮
                  庄式部少輔 奉之
                  高安寺

                  寺中棟別之事任虎御印判被指置之畢垤臟卦敬垈塚之旨被仰出者也仍如件
                  丑六月十二日
                  近藤奉
                  高安寺
                  ------
                  意味
                  十六善秩疏一幅 東照宮の御寄附だという。

                  北条家の古文書二通
                  一通目
                  寺中棟別之事指置之畢垤臟卦敬垈塚之候仍如件
                  弘治三年丁巳十一月二十七日
                  狩野大膳亮
                  庄式部少輔 奉之
                  高安寺

                  二通目
                  寺中棟別之事任虎御印判被指置之畢垤臟卦敬垈塚之旨被仰出者也仍如件
                  丑六月十二日
                  近藤奉
                  高安寺

                  この二通はいずれも棟別銭、つまり当時の税金に関わることである。


                  つづく

                  大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家

                  二之宮・三之宮講中

                  0
                     今回も昔の講中。
                    大正15年「付属講社調査書」より

                    二之宮・三之宮付属各講社 京所八幡宿扱分

                    二之宮講中 二之宮講中
                          御太鼓

                    小足立講中五名、中仙川講十八名、喜多見講中一二名、駒井村講中七名、
                    上小槫講中一一名、牟礼講中一二名、下高井戸講中四〇名、下仙川講中一四名、
                    給田講中一〇名、北野講中一〇名、緒方講中一五名、金子講中一一名、
                    新川講中二一名、下連雀講中一六名、岩戸講中一六名、西窪講中一六名、
                    下小槫講中一二名、上土支田講中一二名、中里講中一二名、橋戸新田講中一三名、
                    山谷講中一三名、下宿講中一二名、上宿講中一二名、正油講中二二名、高津講中一名、
                    堰講中二一名

                    二之宮講中 二之宮講中

                    保谷講中三一名

                    三之宮講中 三之宮・
                          太鼓共講中

                    人見講中三三名、常久講中二九名、車返講中一〇名、下染屋一一名、國領講中二一名、
                    佐須講中二五名、絵堂講中一五名、大町講中八名、烏山講中五十名、
                    上祖師ヶ谷講中三二名、廻り澤講中一〇名、粕谷講中一〇名、経堂講中三〇名、
                    東大久保講中二二名、桐ヶ谷講中二一名、八幡山講中五名


                    大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家





                     

                    御本社一之宮の講中

                    0
                      今回は昔の講中。
                      大正15年「付属講社調査書」より

                      御本社・一宮付属各講社 神戸番場扱分

                      御本社・一宮講中
                      両社付属神戸番場扱
                      矢野口講中・講員三六名 長沼講中一一名 坂浜講中一一名 一宮講中一一名

                      御本社講中
                      本社直属番場扱
                      花又講中三五名 大和田講中・野火止講中一八〇名 大作講中一五名
                      下管講中四六名 駒井講中三〇名 前澤講中六〇名 上染屋講中七一名
                      押立講中五五名 保谷講中二三名 恋ヶ窪講中二五名 東中野講中三〇名

                      御本社太鼓講中
                      (貫井)小金井講中一五名 上鈴木講中二〇名 北野講中二五名 下保谷講中三〇名
                      石川保木講中二五名 向ヶ丘講中七名 清水講中一〇名 片山講中四〇名

                      御膳講中 上富講中二九名

                      と、いうことで、御膳講中も番場扱いとなっていた。

                      ちなみに、御本社一宮両社付属となっているのは、実質的に一之宮の講中でしょうね。
                      まぁ、この頃は一之宮が終わると御本社に来て担いでいたんだと思いますので、そういう意味では両方。
                      このうち、一宮講中は多摩の一ノ宮ですけど、ここは更に下に講中がいたそうです。
                      柚木の別所、東中野、上柚木、下柚木とか鑓水あたりまで。

                      本社直属となっているほうは、正確には禰宜が抜けています。
                      禰宜の集落は現在の是政一丁目あたり。
                      元々は神領であったので府中町に属するべきであったが、多磨村に編入されて、是政の一部となっているところ。

                      ここは北猿渡という猿渡宮司家の分家で、禰宜を務めた家の領分だったということです。
                      この北猿渡が御本社の仕守をしており、北猿渡講中というものがあった。
                      これが御霊宮の仕守をした鹿島田講中に対し、御本社の直属の講中であったようです。

                      この北猿渡講中だが「大国魂神社の太鼓とそれをめぐる習俗 武蔵府中・暗闇祭と町方と講中供廚砲茲襪函⊃斥舛砲燭困気錣襪世韻任覆、威儀物の奉持なども行っていたといいます。
                      現在は御先払講中がその任にあたっているが、本来は本社直属の北猿渡講中のもので、上述の講員数は軽く500人を超えるのも肯けるものです。

                      なお、昭和57年の調査として、「大国魂神社の太鼓とそれをめぐる習俗 武蔵府中・暗闇祭と町方と講中供廚砲楼焚爾挙がっています。

                      御本社
                      東長沼 久留米 川崎睦

                      一之宮
                      小野宮 一ノ宮 落川

                      ただし。
                      この調査だが、昭和57年当時に一ノ宮と川崎陸は来ていたが、他の地域の人が「講中」としてきていたと言うことには、記憶がないという。
                      訊いたのは当時、番場青年の役付きであったり、町内役員であったりした人なので間違いないでしょう。

                      まぁ、昔は半纏で担ぐことができたし、非常に緩い面もあったので。
                      外部からの調査でどこから来てますか?と訊けば、こうした答えが返ってきたのでしょう。



                      大国魂神社-くらやみ祭り-祭り好きの隠れ家

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